ドレスとアートで想いを形に 綺麗と感動を生む唯一無二の世界
株式会社アール アンド コー
取締役社長
西村 有紀子
日本を代表するウェディングドレスデザイナーとして、著名人のプロデュースやミスインターナショナルの審査員として活躍する西村さんに、これまでの経緯や高い評価を得ているアートについてお話しを伺いました。
結婚式のドレスを自分で作り起業
日本を代表するウィディングドレスブランドに
西村 有紀子(にしむら ゆきこ)
ウエディングドレスブランドAr.YUKIKOデザイナーとして、有名芸能人や各界オピニオンリーダーを数多くプロデュースする傍ら、ミスインターナショナルのオフィシャルデザイナーや審査員を務め、ウエディングドレス各誌の人気ランキングでは常に1位を維持。また、アートの分野でもオリジナリティ溢れる作品を生み出し、世界から注目を浴びている。
日下部西村さんのドレスデザインは、世界で高く評価されていますね。
西村「ミス・アース」「ミス・インターナショナル」「ミス・ワールド」「ミス・ユニバース」という世界の4大ビューティコンペティションがあり、その全てに関わらせていただいていますが、ミス・アースのその国の伝統衣装を中心としたコスチュームデザインを評価する「ナショナルコスチュームコンペティション」で、75カ国が参加する中、2016年に銀メダル、2017年に銅メダルをいただきました。
日下部すごいですね。伝統衣装ということは、和のテイストを取り入れたのでしょうか?
西村ミス・アースは地球環境保護をテーマにしているコンペティションなので、この衣装は十二単をモチーフに「水」「炎」「日」「海」の古代文字の書を描きました。書も縫製もすべて私の手作りです。
ウエディングドレスではそういった大会はありませんが、雑誌や専門誌の「読者が選ぶ人気ランキング」で17年連続読1位をいただいています。ミス・インターナショナルは16年連続で衣装を任せていただき、日本大会のファイナリスト30人全員のドレスや、No1になった方の世界大会用の衣装を作らせていただいています。
日下部すごいですね。その人が一番綺麗に見えるドレスを作り上げるわけですね。多くの著名人が着られているのも納得できます。
西村ありがたいです。AKB48の衣装も作らせていただきました。
日下部西村さんが今のお仕事に至るまでの道のりを教えてください。
西村家にあった新平家物語や織田信長の歴史小説が面白くて、大学は日本で一番歴史研究が熱心な國學院大學文学部史学科に進みました。家庭の事情により、特待生と奨学金で学費を支払いながら、卒業しましたが、母に「結婚しても自分と子供くらいは、食べていけるようにならないと」と言われていたので、一生働ける職場を探しました。しかし、当時の企業に産休制度はまだあまりなく、女性は結婚したら辞めていくのが普通でしたので “自分で会社を作って社長になる以外、一生働くのは無理だ”と就職活動中に気づきました。
日下部若いのに気づくのが早いですね。
西村結局、三井海上(現:三井住友海上)に就職し本社勤務となりましたが、当時は損害保険会社に女性営業マンがいない時代で、会社としても新卒の女性社員を営業として採用するは初めて。日経の一面に載るくらい珍しかったようです。社運を賭けた事業でしたので、一人100万円の海外セールスメソッドを1か月間勉強させてもらい、翌年の保険販売キャンペーンで、全国2000人中1位を取らせていただきました。
日下部やはりお金をかけて学ぶと違いますね。
西村今は心理学を用いた営業やセールスのセミナーもたくさんありますが、当時はまだ体系立ったプログラムもなく、飛び込み営業が当たり前だった時代に、このようなメソッドを学ばせていただいたことはとてもラッキーでした。物を売るとはどういうことなのか、どうしたらお客様が買いたくなるのかなど、大切なことを学ぶことができました。
日下部その後、独立することになるのですか?
西村もともと社長になろうと決めていましたので、獲得した500件ほどのお客様を連れて25歳の時に退職し、保険の代理店を起業しました。
そんな中結婚することになり、ウエディングドレスを試着しに行ったのですが、私は身長が171cmなのでどのドレスも丈が足らず、さらに素材にもこだわりシルクを探していましたが、当時のドレスはポリエステル製ばかりでした。
シルクでオーダーメイドするとだいたい100万だと言われ、仕方なく自分で作ってみたら10万円程度で収まったんです。それなら皆さんがレンタルしているような金額で、シルクのオーダーメイドウエディングドレスを作ろうと、10か月後にお店をオープンしました。
日下部たった10か月でオープンなんて凄いですね!オーダーメイドでデザインもお客様と一緒に考えながら作っていくスタイルですね。
西村本当はオーダーメイドではなく、こちらで用意したドレスを選んでもらうスタイルにしようと考えたのですが、当時26歳で退職金と創業融資合わせて800万円程度しか資金がなかったので、サンプルのドレスが12着しか作れませんでした。
並べてみるとこれだけ?という感じでしたので、お客様に“これはサンプルで、うちはオートクチュール専門店です”と言うしかありませんでした(笑)
サンプルのデザインをベースに、袖の長さやデザインをカスタマイズして仕上げていましたね。
日下部では26歳で創業して、ずっとウエディングドレスの仕事をされているのですね。最初から経営は順調だったのですか?
西村最初はお客様も少なかったので、保険の仕事を2~3年継続してやっていましたが、当時OLさんに人気の「シティリビング」というフリーペーパーに広告を出したら、多くのお客様から反響をいただき、さらにその広告を見たウエディング雑誌社にも掲載していただくなど、1年で軌道に乗せることができました。
ただ、他社のシルクウエディングドレスは100万円程度だったので、使っているシルクは本物ですか?という問い合わせが多く、また同業者からも “あそこは偽物だ”と言いがかりをつけられたりで、一時期売り上げが下がってしまったんです。
仕方なく27~28万まで値上げをしたら、逆に売れてしまい、5年で西麻布に自社ビルが建ちました。
日下部それは凄いですね。今も西麻布にビルがあるのですか?
西村そのビルは競売に出されて今はありません。今は一番良い時期ですが、20年もやっていると順風満帆とはいかず、これまで色々な波乱もありました。
日下部どんな波乱だったんでしょうか?
西村当時、年間300~400着のウエディングドレスを作っていましたが、外部に依頼するとそれだけ中間マージンもとられますので、上海に自社工場を作りました。
当時工場を任せていた責任者が、月の3週間ほど上海に行き仕事をしてくれていたのですが、もっと成功してやろうと思ったようで、上海で別のビジネスを始め、それが失敗して前渡し金6500万円を持って夜逃げされてしまったんです。
日下部それはショックですね。
西村その瞬間に2億5千万円の負債を抱えることになりました(笑)。
上海で必要な職人、型紙、生地、ミシン、全てを失ってしまったのに、今月中に100着の納品があるという状況です。とにかくお客様に迷惑をかけたくない一心で、中国中の工場を探し、特急料金を取られながらも、月曜から金曜は中国に行き、土日は日本に戻り接客をして、割高になろうともなんとか乗り越えようと頑張りましたが、銀行からの借り入れは当然返せなくなり、ビルは差し押さえになりました。
とにかくお金がなかったので、友人や大学の先輩など、50〜100万円を何人にも借りて、また返すを繰り返しながら、なんとか事業を回す・・・そんな状況をアパレルの同業の方に相談したところ、その会社は継続せず、出資していただいて新しい会社として再スタートすることになりました。捨てる神あれば拾う神ありです。
日下部事業自体が失敗したというのではなく、運が悪かったんですね。それにしても1年間もお金を借りて歩くって本当に計り知れない心労だったと思いますが、継続されてきた実績や信頼があったんでしょうね。
西村本当に辛かったですね。でもお金のない人ほど手を差し伸べてくれて・・・本当に人の有難みを学ばせていただきました。
お客様のニーズに合わせたデザインで成約率は7割。ブランド力を高めることが大切
日下部最近はファストファッションも増ましたが、ウエディングドレス業界にも影響はあるのでしょうか?
西村ありますね。今はネットでウエディングドレスを検索すると、3万円代で買えてしまいます。もちろんポリエステル製ですが、中国で制作したものをそのまま販売する形なので、サイズも合わないし、ビーズやレースなどもほとんどをグルーで張り付けているものになります。
ただ、1度だけしか着ないものですし、その1度に高級感を求めない人であれば十分というレベルのものです。インターネットが普及し、誰もが簡単に買えるようになったのも原因ですね。
日下部確かについついネットで比較して、安いものを探してしまいますね。
西村自分もそうなので、その土俵で戦うのではなく、高付加価値のものにしたかったんです。
また最近は “安かろう悪かろう”の時代から“安かろうそこそこ良かろう”の時代に変化し、巨大資本に対して太刀打ちできるグッドプライスのものは、お金がないと出来ないということを思い知らされました。
下に向かう価格競争ではなく、付加価値をつけて価格が上に向かうやり方で競争をしたいと思いました。
日下部デザインは全て西村さんがやられているんですよね?
西村はい。デザイナーである私が土日は接客に出て、お客様の意見を聞いています。うちはドレスのストックが300着くらいありますが、お客様の年齢やお顔立ち、式のイメージや好みなどをヒアリングして、似合うものしか提案しません。
絵画と違い、ドレスは私の想いでデザインするのではなく、どうやったらお客様を綺麗に見せられるか、お客様のニーズをくみ取りながら作り上げているので、うちの成約率は7割です。
日下部そのためにも接客は欠かせないということですね。
西村そうですね。お店には5つの部屋ありますが、土日は1時間半毎に5回転しますので体力勝負です。お陰様で1か月半先まで予約が埋まっています。
日下部毎週?!すごいですね。お客様が絶えず来てくださる秘訣はあるのですか?
西村お客様も以前はいくつかのドレス屋さんを回ることが多かったのですが、今は式場と提携していない会社のドレスを持ち込むと持ち込み料がかかるため、お客様は式場を通じてご来店されます。そのため挙式の多い式場といかに提携するかがポイントです。
一つの式場で契約しているドレス会社は複数ありますが、その中から選んでご来店いただければ、シルクのドレスなので、他社との違いを感じてもらえると思います。
日下部ドレスはレンタルもされているとのことですが、何回くらい使えるのですか?
西村ポリエステルなら20回は使えますが、シルクは5回が限度ですね。他社では安く仕入れて高く貸すということをしていますが、物が良くないので成約率も低いです。
弊社のシルクドレスは製造原価が10倍くらい高く、使用できる回数も少ないですが、ニーズに合わせてデザインしているので、成約率が7割で稼働率が高いのです。遊んでいるドレスが少ないため無駄がなく、利益率は弊社のほうが良いと思います。
日下部同じ価格なら絶対にシルクを選びますよね。
西村それが強みですね。それからドレスは雑誌で紹介されると、あっという間にデザインをコピーされてしまいます。
日下部すごい世界ですね。著作権はないのですか?
西村ありません。だから自分のブランド力をあげていくしかないんです。ドレスデザインは真似されても弊社のブランドのあり方は真似できませんので、ブランド力を高めることが生き残っていく上でとても大切だと思っています。
日下部考え方がロジカルですね。女性的というより男性的な経営脳というか。
西村女性は感覚的に取り組むことが多いと思いますが、私は1コマ1時間半でいくら、というようにすべて計算し、稼働率、成約率、単価などを割り出しています。
日下部もともと保険の仕事で学んだことがベースにあるのですね。
西村損保は目に見える商品ではありませんし、その当時は誰から買っても同じ金額でしたので、その中で売っていくには、パーソナリティしかありませんでした。パーソナリティを磨き、お客様にその価値を感じていただく。今思えばとても大変な商売でしたね。
日下部それで個人のブランド力ということに。そう考えるとドレスは目に見えるものなので売りやすいかもしれませんね。
西村そうですね。他社と比較していただければ、その価値をすぐにわかってもらえます。
私はドレスを着た人が美しく、本当に綺麗だと思えるものを作りたいと思っているので、お客様の想いを形にしているようで、実は最高に綺麗になるものを作りたいという自分の想いも同時に叶えているのかもしれません。
日下部過去にご苦労もありましたが、辞めてしまいたいと思うことはなかったですか?
西村不思議とありませんでしたね。今は毎月100件の新規お客様が来られますが、毎回ドレスを試着してもらうたびに、本当に綺麗で涙がでるくらい感動するんです。毎回心から感動をもらえる、そして “綺麗ですね”“似合いますね”“素敵ですね”“上品ですね”“エレガントですね”と、良い言葉を使うのが仕事です。その言葉の数々に癒されることも多くて、こんな素晴らしい職場もなかなか無いですよね。
日下部本当に素敵なお仕事ですね。
西村私自身、服飾やデザインの勉強をしてきたわけではないので、 “デザインの勉強をしていないくせにデザイナーを名乗っている”と2チャンネルに書かれたこともありますが、これまでのウエディング業界のビジネスモデルに一石を投じたいという思いでこの業界に入り、業界のことを何も学ばずに、自分が経験し学んできた“ものを売るというメソッド”があったからこそ、ここまでやることができたと自負しています。
学んでいないからこそ、これまでにない表現ができる
日下部芸術的な活動もされていますね。
西村昨年から現代アートも描いており、2017年11月に軽井沢のニューアートミュージアムという大きな会場で展示会デビューさせていただきました。
日下部もともと芸術がお好きだったのですか?
西村子供の頃、図工や美術で作品がたまに選ばれることはありましたが、すごく上手というわけではなかったので、得意という認識もありませんでした。
ただ、高校の家庭科でワンピースを縫う課題を、2週間で仕上げてしまうほど洋裁は好きでした。
日下部私も同世代なので学生時代に手芸や洋裁をしていましたが、いつくらいから本格的にクリエイティブ活動をされるようになったのでしょうか?
西村絵画については、種類もキャンバスがどこに売っているのかもよくわからず手探りで始めましたが、日本で一番エンゲージリングを売っている銀座ダイヤモンドシライシの会長が画廊をされていたので、自分の描いたものを会長に見ていただいたのです。すると会長から紙ではなくキャンバスに描くことをご提案いただき、本気でやることを条件に面倒をみていただけることになりました。
日下部人徳ですね。
西村でも、いざキャンバスに描こうと思っても、なかなか上手くいきませんでしたね。2年間頑張って描き続けて、ようやく美術館でデビュー展覧会をさせていただくことになり、軽井沢のニューアートミュージアムで33点を出展したところ、お陰様で完売することができました。
日下部すごいですね。価値のあるアートは数年後に億になるという話も聞きますが。
西村金融商品ではなく、アート作品を投資対象としている方も多いです。5~6年で価値が20倍になることもありますし、価値が下がらないのも魅力ですね。でも日本はGDP3位にも関わらず、アートが売れない国で、アートのマーケットとしては世界43位です。
また欧米にはパブリックな建物には建築費の1%をアートに割かないといけない“ワンフォーアート”という制度があり、市役所やホテル、マンションのパブリックスペースに、必ず本物のアートが飾られています。
日下部日本にもそういう決まりはあるのですか?
西村残念ながらありません。海外はアート・文化の振興のためにそういう法律を作っています。
ベトナムによく行くのですが、ホテルの部屋には日本によくあるポスターなどの印刷物ではなく、本物のアートが飾られています。だから日本ではアーティストが売れないんです。
インバウンドで海外の人も増えているので、高級ホテルに本物のアートがないとレベルが低く見られてしまうのではないかと心配です。
日下部西村さんの作品はかなり独創的ですね。
西村日本の絵画は何百年も遅れていて、風景画や人物画が主流ですが、写実はカメラが出来た時点で終わっているとも言われています。作家が未来に向けて何を考え、最先端の材料を使ってどんな表現ができるのかが現代アートの価値なのですが、画廊の会長からは“見たことのあるものは持ってこないでね”と忠告されています。
なぜ今この絵を描く必要があるのか、どうしてこの手法で描くのか、しかも見たことのないものを描いていくので、人に習うことはできませんし、独創的でないと意味がありません。
日下部この情報社会の中でオリジナルを生み出すのはなかなか難しいと思いますが、どういうところからインスパイアされるのですか?
西村私はコンセプチャーですね。例えば今回描いた絵は逆三角形の絵ですが、普通は正三角形の頂点を目指す生き方が一般的ですよね。でもAIが台頭してくると、頂点にいる人も底辺にいる人も、AIから見れば蝿と蚊くらいの差しかなく、人を押しのけて上にいくことが、全く意味のない時代になります。
人間にあってAIに無いものが“慈悲の心”です。これからは三角を逆にして、出来る人ほど慈悲の心で一番下から皆を支えていく、そういう世界になって欲しい。作品それぞれテーマがありますが、長年ビジネスをしてきたからこそ描けるテーマがあるように思います。
日下部最初の作品は価値が高いですよね。
西村私の最初の作品は、卵細胞を表現した絵なのですが、赤で経血を表していて日本ではタブーとされている表現です。テレビでは経血を青で表現していますが、その影響で女子が初めて生理になったとき、赤いものが出て驚いたなんてこともあるそうで、社会的にも生理や女性への理解がまだまだ足りないと感じています。
イギリスでは“生理の血は青ではなく赤である”というブラッドノーマルキャンペーンもあるように、男女が性を相互理解し、支え合いながら女性の社会進出をサポートしています。日本ではその辺りのことは全く語られていないので、そのきっかけになるような絵を描きました。絵を通してなら、男性にもきちんとその意味を説明できるという意図もあります。
ただ描くというより、自分が描いた絵で社会貢献や何かを変えることが出来るような、意味のあるアートをやりたいですね。
日下部古代文字の書にも取り組まれていますが、何かきっかけがあったのですか?
西村3~4年前にある先生とご縁で始めましたが、習ってみたらとても面白くて。
現在ドレスをベトナムで制作していますが、その国の民族性や工場によって左右されてしまうところも多く、誰かに依頼するというのは出来上がりの質も含め不安定です。書に関しては自分で完結できる何かを求めていたというのもありますね。
書道は習い始めて半年くらいで全国書道展に出展し、金賞をいただきましたが、古代文字は良し悪しの判断がしづらいので、すぐに価値が分かるような“タイトル”を取ることで価値を理解してもらえるのではと考え、作品に古代文字をいれてミス・アースに出展したところ、銅メダルや銀メダルのタイトルをいただくことができました。
世界に影響を与えられるアーティストになりたい
日下部これから取り組んでいきたいことはありますか?
西村マイケルジャクソンのような世界中の人に影響を与えられるようなアーティストになりたいですね。
アートの世界でもまだ女性の評価は低く、草間弥生さんは現代アートで世界の10位内に入るといわれていますが、もし彼女が男性だったら5位以内に入るといわれています。
草間さんは現代アートの世界で女性が評価される道を作ってくれました。ウエディングの世界では、桂由美先生がヨーロッパから日本にウエディングドレスを持ち込み、その道を作ってくれましたので、私も次に続いて進んでいきたいと思っています。
来年は香港と台湾の展覧会に出展させてもらえることが決まっているので、今度は世界にチャレンジします。
日下部古代文字もやっていかれるのですか?
西村はい。古代文字は象形文字なので、外国の方にも理解してもらいやすく、あるホテルさんからはすべての部屋に飾りたいというオファーもいただいています。実際にアートを取り入れているホテルの方が外国の方の予約率は高いそうです。
日下部行動力が素晴らしいですね。ドレスでお客様のニーズに応えるものを作り、アートで自分の想いを形にする。精神的にも思考的にもうまくバランスがとれているのかもしれないですね。
西村馬鹿だなと思うこともあります(笑)。よく考えたら無茶なことも、やればできるかも?と思ってしまう。それが強みなのかもしれないですね。
日下部でもこれだけやりたいことがあると体力的に厳しくないですか?
西村社内で英語ができるのが私だけなので、ベトナムの工場との交渉や現地での指導なども私がやっており、体力的にはギリギリです(笑)
日下部体を労わる時間はつくれていますか?
西村あまりつくれていませんが、子供もいるので食事はできるだけ手作りを心がけています。それから、毎日ヨーグルトを作って食べています。菌によってはインフルエンザの予防にもなるようなので。
日下部今日は本当にありがとうございました。さらなるご活躍を楽しみにしております。
日下部淑美からひとこと
人の原動力は様々。ただ、必ずそこには熱い想いが根底にあるものです。自分が悲しい思いをしたらこそ立ち上げたウエディングドレスの仕事。“綺麗”が好きだからこそ、“綺麗”によって人を幸せにし“綺麗”な姿を見ることで自分も感動をもらう。綺麗にするためのこだわり、ネガティブではなく綺麗なもので何かを伝え表現する。
デザイナーであり、アーティストであり、経営者であり、母であり、妻であり、女性である。すべての感性を活かした仕事は周りをあっという間に魅了してしまうようです。
自分の強みを理解し、自分を活かし、自分をブランディングしていく。同じ女性としてこんな女性がいることを誇らしく思いました。
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株式会社アール アンド コー 東京都新宿区市谷田町3-25-3 TEL: 03-5579-8807 / FAX : 03-3513-0730 代表者:西村 有紀子 |
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