思いやりと対話があれば防げる問題がたくさんある

オフィス風の道 代表

永井弥生

子供の頃から医師を志し、大学病院の皮膚科医として勤務する傍ら、医療従事者と患者さんを対話で繋ぐ医療コンフリクトマネージャーとして活躍する永井さん。医療事故の仲介など、難しい仕事を志した理由をお聞きしました。

医療関係者と患者さんを対話でつなぐ「医療コンフリクトマネージャー」

永井 弥生

永井 弥生(ながい やよい)

医学博士 / 医療コンフリクトマネージャー / オフィス風の道 代表
群馬大学病院で皮膚科准教授・医師として勤務。2014年より医療安全管理部長として大きな医療事故を発覚させ、遺族対応などに取り組む。その後、特定機能病院における医療安全管理者や医師の専従安全管理者の設置に至るなど、医療安全改革に尽力。
女性医師としては日本唯一となる、医療メディエーター協会シニアトレーナーとしても活動し、医療コンフリクト・マネジメントの第一人者として、医療と社会をつなぐ役割を担う。
2018年、「人生のリスク」に対応する必要性を感じ、オフィス風の道を設立。「自分の人生に責任を持つ」という理念のもと、自分軸を持った活動を行なっている。

日下部永井さんが医師を目指した理由を教えてください。

永井うちは親族に医師がいるわけでもなく、一般的なサラリーマンの家庭でした。子供の頃ピアノをやりたかったのですが、なかなかピアノを買ってもらえず、子供ながらに欲しいものが買えない生活は嫌だと感じていました。自分で買えるようになるには、ずっとできる仕事をする。それには資格を持ったほうがいいと考えたら、医者しか思い浮かびませんでした(笑)。
医者にはなるには、どれくらいの成績が必要で、どれくらい学校に通わないといけないかを調べ、その目標に向かって努力しました。

日下部目標を決めたらコツコツ頑張る努力家なんですね。医療コンフリクトマネージャーとしてお仕事をされるようになった経緯を教えてください。

永井皮膚科医として大学病院に勤務しておりましたが、医療訴訟をはじめ、医療関係者と患者さんが対立する「コンフリクト」に興味を持ち、両者を対話で繋ぎたいと考えて、トレーナーの資格を取得しました。
その後、医療安全管理部署で医療事故におけるご家族への対応、医療機関側の体制構築などに携わりました。
2018年にコンフリクトに関する研修や講演を目的とした会社を立ち上げましたが、現在はコロナの影響もあり、様々な立場や視点でコンフリクトを学びながら、今後の取り組み方を模索しているところです。

日下部「コンフリクト」という言葉はあまり馴染みがないのですが、どういう意味でしょうか?

永井簡単に言うと、誰かと誰かが対立するという意味です。もとは医療用語ではなく、社会的に使われていた言葉で、表に出せない葛藤も含めてコンフリクトと言います。
医療の現場では、患者さんが医療従事者に物事をはっきりと言えないことがあります。医療事故でも、“こんな状態になっているのに、なぜ患者さんのご家族は何も言わなかったんだろう”と思える事例もあり、仕方がないと諦めてしまうことも多いようです。気軽に言える環境を作ることも含めて、コンフリクトマネジメントとしています。

日下部コンフリクトマネジメントをされる方は、どの医療機関にもいらっしゃるのでしょうか?

永井何かが起これば誰かが対応をしなければならないので、役職として設定がなくても事務局や医療安全管理の部署などで対応されていますが、問題が起きる前に対処できることが一番です。
私は医療に従事するすべての人が学ぶ必要性を感じ、日本医療メディエーター協会での研修後、4年かけてトレーナー資格を取得しました。

日下部医療安全管理部門に配属される前に資格を取得されたのですか?

永井皮膚科と兼任で2年ほど安全管理の仕事をしておりましたが、医療メディエーター(医療対話仲介者)の必要性を感じて資格を取得しました。
安全管理部署からは一度離れましたが、トレーニングや研修ができる体制を整えるには、ある程度の立場がないと取り組むことができませんので、志願して安全管理部長という席に就かせていただき、体制を構築しました。そのおかげで、大きな事故を発覚させることができました。

日下部中立的な立場で話を聞いていただけるとは思いますが、医療機関側に属していることで、医療機関擁護に重きが置かれてしまいそうなイメージがあります。実際はいかがでしょうか?

日下部淑美

永井医療機関側の人間であることは間違いないので、そう捉えられてしまいがちですが、第三者が介入しても医療機関の実際のところが分からず、話が前に進まないことがあります。院内の人間だからこそ理解し、中立的な話ができます。立場よりも気持ちの立ち位置をどう置くかが大事であり、中立的にしっかり話を聞いてくれているというのは、患者さんにも伝わりますね。これは医療現場だけではなく、社会的に対立する様々な場面で必要なことではないでしょうか。

日下部トラブルになれば、患者さんも怒りの感情できつい言い方をされると思うのですが、そういう場合はどのように対応されるのでしょうか?

永井怒りの感情は長くは続きませんので、私は “前のめり”の姿勢をとります。前のめりで話を聞いてくれる相手がいると、その人に向かって一生懸命話をしてくださいますので、しっかり聞いて、受け止めてすっと抜くことを大事にしています。

日下部問題事例の多くは、やはり医療事故や医療ミスなのでしょうか?

永井患者さんの捉え方としてはそのような言葉になりがちですが、医療側からすると医療ミスという言葉は簡単に使って欲しくありません。医療の現場はリスクを伴いますので、常にきちんと対策しながら最善を尽くしていますし、結果が悪かったとしても、それが事故やミスとは限りません。リスクがあることを患者さんに事前説明していたか、管理体制は万全だったか、ということが問題になってきます。
医療プロセスを無視して事故やミスだと言われると、誰もリスクの高い医療の仕事に就かなくなってしまいます。それでも結果の悪い状況が何件も続くことがあれば、体制も含めて検証する必要がありますが。
患者さんにも医療側のことを理解してもらい、医療従事者も患者さんとどう向き合えばよいかを理解した上で、体制を組んでいく必要があります。

日下部事前のインフォームドコンセントで、ご高齢の患者さんが病院で説明を受けたとしても、言葉を理解してもらえず、都合よく解釈されてしまうこともあると思いますが。

永井それは永遠のテーマですね。昔は病院から説明文を渡し、同意書をもらっていましたが、説明文の内容が少なく、実際に話をして補足していました。
ただ、聞き手側の記憶とは異なることもありますし、医療従事者も自分達を守るため、書面に記す内容を後からでもゆっくり読めるように準備が必要だと感じましたので、何百種類とある手術それぞれの説明文を作ってもらうようにしました。文字がたくさん書いてあるので、読みたくないという患者さんもおりますが、大事な手術のことなので、ほとんどの方はしっかり読んでくださいます。
ただ流れるように説明して終わりでは、言った言わないというトラブルになりやすいので、リスクとメリットをきちんと伝えて、信頼関係を築いて欲しいですね。

日下部体制を検証し、必要なことを整備していくことが医療安全管理部の仕事になるわけですね。

永井それが大きな仕事ですね。そのためには権限がないと院内での取り組みは進みませんので、部長という役職をいただき取り組んできました。何か大きな問題が発覚すると、やはり不十分なところが色々出てきます。説明文を書くことも、動画で説明した方が良い場合もありますし、検証しながらベストな方法に少しずつ変更していく必要はありますね。

永井 弥生

日下部他の病院から医療メディエーターの依頼はあるのですか?

永井医療メディエーターは、他の病院に入って行うことはできません。医療従事者向けにコンフリクトマネジメントの研修、講演会を行うことはできますので、そういった面の依頼を受けています。

きっかけは息子の急病。一生懸命なはずの医師の対応に不満

日下部淑美

日下部 淑美(くさかべ よしみ)

BODY INVESTMENT代表
フードエリート / 真実の予防医学食研究家 / 管理栄養士

プロフィール

日下部医療メディエーターに興味を持ち、学ぼうと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

永井2006年に子供が虫垂炎になって入院した際、土曜日で当直の先生が対応されたのですが、その対応に納得できない部分がありました。
翌朝、専門の先生から淡々と説明を受けましたが、子供の状態が良くなるわけでもなく、ドクターと看護師さんも情報共有されていないようで、不安が強くなるばかりでした。誰一人として「大変でしたね」と言葉をかけてくれることもなく、こちらが心配していることに対して欲している説明もない。いくら一生懸命対応してしてくれたとしても、感情に共感されない、説明が足りない、知りたいことが聞けなければ感情的に納得できないのです。
そのときは「これで結果が悪かったら、仕事を辞めて本気で訴える」と思いました。その後、子供の体調が回復し、落ち着いて考えてみたのですが、休日にも関わらず対応してもらい、医学的な説明も間違えていませんでした。それなのに、何故あのときの自分は“訴える”とまで思ったのかを考えました。確かに自分もイライラしてかなり疲れていましたので、医者には面倒な親だと思われていたかもしれません。お互い無駄に疲れていたんだと感じました。
そんなことがあった1年後に安全管理の仕事に携わることになり、“対話でこじれてしまう”ケースが沢山あることを更に感じました。病院側では当たり前のことで、こちらに過失はないと思っていても、患者の家族は納得していない。でもそれを家族が言わないでいると、後の請求時に揉めてしまうこともあります。
誤解されないように説明し、きちんと相手に理解してもらうことも大事ですし、患者さん側の思いも引き出して話をすることもとても大事だと思いました。
そんなことがあり、日本医療メディエーター協会に学びに行くようになりました。協会では紛争時の対話の仕方を学ぶのですが、対話のスキルではなく考え方を学び、間に立つ人を育てるというものです。
例えば、医療現場でケガをさせられたと患者さんが感じたのであれば、「そう思ったのですね」と言える自分を持つことです。思いやりと対話があれば防げる問題もたくさんありますので、学んだ人間がいつも間に入って対応するのではなく、誰もが同じようにトラブルを未然に防げるように、多くの関係者に伝えていければと思っています。

日下部医師と患者の立場の両方を経験したからこそ、分ることが沢山ありますよね。今はその知識や考え方を講演や研修で医療従事者に伝えながら、トレーニングをされていらっしゃるのですね。

永井そうですね。トレーニングとなるとドクターはなかなか難しいので、看護師さんや事務職の方が多いです。コロナの関係で講演会ができなくなりましたので、今は産業医の資格を活かしながら、視野を広げていることころです。

日下部皮膚科医は継続されているのですか?

永井 弥生

永井2年前に大学病院を退職し、現在はフリーランスの皮膚科医として非常勤で勤務しています。また産業医としての仕事や執筆活動も行なっています。

日下部産業医の立場でも、コンフリクトマネジメントは活用されていますか?

永井はい。人間関係がうまくいかず鬱になった場合など、メンタルヘルスの相談を受けることがあるのですが、中立的な立場で、会社側の方と働く方、双方の意見を聞きますので、完全にメディエーターの立ち位置になります。
専門の皮膚科領域では、生死にかかわるような問題はあまりありませんが、やはり治る治らないということも含め、事前にしっかり説明してコミュニケションをとっていないと、トラブルはおこってしまうものです。
このような問題は大小あるにしても、どこにでも起こることですので、医療者だけが学ぶ、上司だけが学ぶのではなく、患者さんにも賢くなっていただき、お互いに歩み寄れることが理想ですね。

日下部私も患者さんの知識不足がトラブルの原因になると思っています。何故なら、一緒に治すという考えではなく、“医者が治してくれる”、“病院に行けば治してもらえる”という思い込みが、結果に対する不満やクレームにつながるからです。自分も病気と向き合い、医師と話をし、できる限りの努力をする。そういう姿勢が大事だと思います。

永井医師に依存していては患者さんも身を守ることができませんので、ご自身で学んでいただき、思っていることを伝えてもらうことも大事ですね。そういったことを多くの人に理解してもらうための情報発信もしています。

日下部「オフィス風の道」という社名にはどのような思いが込められているのでしょうか。

永井ブータンに旅行に行った際に、「風の旗」と呼ばれる、お経が書いてある旗が風になびいていました。お経が風になびくことで、幸せが世界中に飛んでいくとのことで、その時にピンときたんです。旗は空中に浮いているものですが、私は“どう進んでいくか”が大事だと思っていましたので、“自分の人生に責任を持つ”という理念をこめて「風の道」と命名しました。

日下部自分の人生に責任を持つという考え方は、どうして生まれたのでしょうか?

永井 弥生

永井医師という立場上、死に際という最後の場面に接することが多いのですが、どこまで治療するかで家族がもめてしまうことがあります。“どう死ぬか”を考えることは、結局“どう生きるか”。本来であれば、死ぬときはどうありたいのかは本人が考えておくべきです。
若くして亡くなることもありますので、筋の通った生き方をしていれば、いつ死んでも満足いく人生だったと思えるのではないでしょうか。

常にチャレンジすることがある。それが自分にとっての幸せ

永井 弥生

日下部医師なので健康への意識はあると思いますが、永井さんの健康管理を教えてください。

永井忙しかった頃は“医者の不養生”で、食べ物も睡眠も削って自分を粗末にしてきましたので、本当に反省しています。以前は片手で食べられるようなものしか食べていませんでしたから、さすがに今は気を遣っていますし、年齢的にもしっかり寝ないとパフォーマンスが落ちてしまうので、睡眠もしっかりとるようになりました。

日下部永井さんは良い意味でお医者さんっぽくないですね。会話していても気さくで話やすいですし、優しい女性という印象です。もちろんただの女性ではないオーラはありますが。

永井ありがとうございます。でも好き嫌いもあって、自分が気持ちよくお仕事できる方とお付き合いしたいと思っています。自分のステージが上がれば、そのステージにあった方と出会えますので、そういう意識で自分磨きをするようにしています。

日下部永井さんにとっての幸せとはなんでしょうか?

永井常にチャレンジすることがあるというのが、私にとっての幸せだと思います。死ぬときにやり切ったと満足したいですね。

日下部今後の展望を教えてください。

永井医療から始まり、生き方、死に方まで考えることができて、人の気持ちを動かせるような情報発信ができればと思っています。本の出版やブログ、SNSやYouTubeも活用して、自分も学び楽しみながら発信していきたいですね。

日下部これからのご活躍も楽しみにしております。今日はありがとうございました。

永井 弥生・日下部淑美

日下部淑美からひとこと

コミュニケーションは、どんな場面にも必要なことです。医療の現場では手術状況による時間との闘いや、緊急事態があります。そんな中、医師は家族に合意をとる必要があり、家族もわずかな時間で判断を強いられることがあります。 生死を争う現場では言葉一つ一つに重みがでます。だからこそ事前のコミュニケーションがとても重要で、自分の意志を伝えておく必要があります。
思ったことを伝え、互いに相手を理解する。当たり前のことなのに、自分がその立場になると難しいのかもしれません。
永井さんのようにやるべきことをしっかりやり、自分磨きをしつつ、常に人との対話能力を磨いておきたいですね。

会社データ 関連リンク

オフィス風の道

代表者:永井弥生

オフィス風の道

コメント

コメントはまだありません

コメントを残す


PAGE TOP