障がい者発の事業で社会を豊かに
NPO法人日本バリアフリー協会 代表理事
貝谷 嘉洋
筋ジストロフィーで車椅子の全面介助生活ながら、協会の立ち上げやイベント開催など、障がい者のために精力的に活動をされている貝谷さん。日本の社会福祉の現状やこれまでのご苦労、そして今後の展望を語っていただきました。
自立支援が手厚いアメリカ。自分はこのままでいいんだと思えた
貝谷 嘉洋(かいや よしひろ)
NPO法人日本バリアフリー協会
代表理事
生まれつき筋ジストロフィーをもち、14歳から車椅子全面介助の生活となる。
大学卒業後、単身米国に渡り自立生活を始め、カリフォルニア大学バークレイ校で行政学修士を取得。在学中はジョイスティック車による全米横断やダイビングにも挑戦した。
2001年NPO法人バリアフリー協会を設立し、障がいをもつミュージシャンの音楽コンテストや、障がい者主催の音楽イベントを開催。「障がい者発の事業で社会を豊かに」を使命に、日々奮闘している。
日下部筋ジストロフィーを発症したのはいつですか?
貝谷筋ジストロフィーは遺伝子が傷つく病気なので、生まれつきです。物心ついた頃から筋力が弱く、10歳のときに筋ジストロフィーの診断を受けて、14歳で歩けなくなりました。
日下部お一人で暮らすようになったのはいつからですか?
貝谷1993年に大学を卒業し、アメリカに行ったときからです。日本の大学では商学部で会計学を学び、アメリカではパブリックポリシー分野で修士を取得しました。
日下部異国の地で一人暮らしをスタートさせるのは、かなりチャレンジだったと思いますが、何故アメリカ行きを決意されたのでしょうか?
貝谷日本では障がい者の受け入れが整っておらず、悔しい思いをしてきたため、アメリカで自分がどこまで出来るのかを試したかったんです。
日本にも制度や専用施設は用意されていますが、能力を見てもらえず、チャンスすら与えてもらえませんでした。
日下部アメリカに行って変わりましたか?
貝谷はい、目から鱗でしたね。アメリカには障がい者も平等という思想があるので、“自分はこのままでいいんだ”と思わせてくれました。
日下部留学中の体調はいかがでしたか?
貝谷医療の進歩のお陰で、近年では体調管理もうまくできるようになりましたので、今の方が体調はいいですね。これまではお酒を飲むことは許されませんでしたが、今は少しであれば飲んでもよくなりました。
筋肉である心臓は徐々に弱くなっていきますが、肝臓や腎臓はもともと強いようです (笑)。
日下部アメリカで修士を取った後は、どうされたのでしょうか?
貝谷日本では重度障がい者の自動車運転が非常に遅れていたので、それを広めるため、ジョイスティックを用いた片手で運転できる車でアメリカを1周しました。
その取り組みをNHKのドキュメンタリー番組で取り上げていただいたおかげで、日本でも少しずつ認知されるようになり、展示会などで紹介しながら啓蒙していきました。
日下部アメリカは進んでいますね。
貝谷自立し自分達で出来るようにした方が、経済的にも良くなるという考え方なので、国がお金を支援する仕組みも、技術も進んでいます。介護への補助は少ないですが、自立を促すための支援は手厚くなっています。
国は「同じ1ドルを投資するなら何に投資するのが一番効果的なのか?」を常に考慮しています。車があれば行動範囲が広がるので、自分で頑張ろうという気持ちにさせてくれますし、仕事も家庭も持てるチャンスが増え、更には自分で事業を起こし、雇用を生む効果も期待でき、国は投資した1ドルを回収できるという統計結果が出ています。
日下部日本ではあまり見ないですよね。
貝谷自著の中に写真がありますが、乗り降りがリモコンで行えるなど、人の手を借りないことが前提で作られています。日本でも増えていますが、アメリカほどではないですね。
日下部こういう車を作っている専属メーカーがあるのですか?
貝谷ボディを改造する会社や運転装置を改造する会社があり、各社がどこまで責任をとるかなどもはっきりしています。何社もあるので競争も激しいですよ。大手はそこまで手を出せないので、改造し易い車を作りましょうというスタンスですね。
人によって不自由な箇所や体の可動域が違うため、運転装置は個人にあったものをオーダーメイドで作ります。日本で広めるために並行輸入し、3年前までは自分で運転もしていました。
日下部車いすの知人は、自分で車の乗り降りをして仕事をしていますが、上半身は動かせるので、車いすを自分で折りたたんで車に積み込んでいます。その方も車いすの輸入販売をされていますが、日本は遅れているということですね。
貝谷日本の技術は素晴らしいものがありますが、制度が遅れているため製品化につながっていきません。
日下部それはなぜですか?
貝谷採算が合わないのだと思います。国が補助してくれると良いのですが、国からするとそこまでお金をかけて製造する意味がないという判断です。
国だけのせいだけではありません。“なぜ車いすの人が自分で運転してどこかに行かないといけないのか?、誰かに運転してもらえばいいのに”という考えが世間一般にあるのだと思います。
日本でも障がい者が活躍できる場所を作りたかった
日下部協会を立ち上げたきっかけを教えてください。
貝谷アメリカでは、身体障がいや知的障がいがあっても、普通学校が受け入れており、障がい者は一般の生徒と一緒に学ぶことができます。
障がいの有無に関わらず1人1人の生徒に対して、バックグラウンドや個性によって教育方針が定期的に計画され、カリキュラムに違いがあっても、例えばランチタイムや必要な授業には一緒に参加するのが当たり前です。
私自身高校受験のときに志望校への受験も認められなかったのですが、日本の高校や大学では学力的に問題がなくても、障がい者の受け入れを制限するところが未だに多いんです。このように障がいを理由にチャンスが与えられない日本社会を変えるために、NPO法人日本バリアフリー協会を立ち上げました。
日下部NPOではどのような活動をされているのですか?
貝谷1000人規模のイベントを、有志スタッフ30人、ボランティア200人で年2回開催しています。
日下部大規模なイベントですが、どのようなことをやられるのでしょうか?
貝谷一つ目のイベントは、障がい者の音楽コンテスト「ゴールドコンサート」です。障がいの種別や重さなどは関係なく、また障がい者がここまでできる的なものでもありません。一般的な音楽コンテストと同じく、単純に音楽演奏のレベルを競うという趣旨で、予選から行っています。
審査員長は湯川れいこさんです。
日下部毎年開催されているのですか?
貝谷はい。今年は10月14日に予定していますが、シンガポールや韓国、ベトナムからの参加もあり、国際的なコンテストになりました。演奏も年々レベルアップしていますよ。
日下部協賛企業も凄いですね。貝谷さんご自身で協賛のお願いに行かれるのですか?
貝谷はい、もちろん行きますよ。私が行かないで誰がいくという感じで(笑)。企業に協賛のお願いするのも協会活動の一つのなので、趣旨を説明し、実際に接してもらうことで理解を深めてもらっています。
日下部もう一つはどのようなイベントですか?
貝谷「GCグランドフェスティバル」というロックフェスティバルで、過去には元スピードの島袋寛子さんやクレイジーケンバンドに出演していただき、ニュースにも取り上げていただきました。
チャリティではないイベントとして開催していますが、事業として成立させるのはなかなか難しいですね。
日下部すごいですね。何故、このような音楽イベントをやろうと思ったのですか?
貝谷障がい者団体が主催し、毎年20万人が参加するデンマークのグリーンコンサートを以前観て、深く感銘を受けたんです。この経験がこのイベントのモデルとなりました。デンマークに視察に行ったとき、普通の小学校に一般クラスと同じ建物にリソースルームが設置され、リハビリ器具が置いてあったり、車いすでそのまま入ることのできるプールもあるんです。日本の特別支援学校は普通学校から離れて郊外にあることが多く、障がいの有無によって教育の場所をかえてしまうのだろう・・・と悲しくなりました。
障がい者のことを知ってもらうには、音楽という手段が一番わかりやすいと考えました。このようなイベントがきっかけで、障がい者の自立や仕事ができる環境が当たり前になってくれればと思っています。
日下部グリーンコンサートの日本版ですね。
貝谷今年はゴールドコンサート5日後の10月19日に開催される予定なので、かなり慌ただしいですね。このコンサートの裏方は全員が障がい者で、それが当たり前に仕事として成立できることを目標にしています。
日下部ハードルになることはありますか?
貝谷事業は大変ですが、進めていくしかありません。街のバリアフリー化や制度を良くできるように人々の意識をかえるためです。
日本において、民間ではまだ難しい施設もありますが、先進諸国の中でも日本の公共施設はバリアフリー化が進んでいる方だと思います。
でも、ヘルパー制度などの人的な部分では遅れていて、デンマークなら24時間公的な介護が保証されていますが、日本の特に地方では対応できていないのが現状です。
例えば、視覚障がい者がガイドヘルパーをお願いすると、見知らぬ人が派遣されて来るのですが、よくわからない人に身の回りの世話をしてもらうのはとても不安です。これをもし自分の知人にお願いした場合は、国の制度に則っていないため、公的資金の補助はありません。
日下部当事者の視点に立たないと、気づけないことが沢山ありますね。先日の選挙でALSの方が2人当選されましたが、これから変わっていきそうでしょうか。
貝谷こういう問題は徐々にしか変わっていかないので、今回の当選がきっかけで良い方向に進んでいくのではないかと期待しています。
議員の方でも薬を飲みながら、体調を保っている人が沢山いるはずで、そういう人と我々は何も変わりません。バリアフリーも誰しも必要になる可能性があるわけです。
障がい者は10人に一人、高齢者は4人に一人。もう分けて考える時代ではないですよね。
日下部ご自身で国会議員になろうと思ったことはないですか?
貝谷考えたこともありますが、僕はデンマークのグリーンコンサートのようなものを日本でやりたいとNPOを立ち上げ、他の方がやっていないことに取り組んでいますから、それを全うしたいですね。
15周年ゴールドコンサート本戦ダイジェスト
GCグランドフェスティバル2018 PR動画 第2弾
誰かに必要とされていると感じたら、死にたいとは思わない
日下部体に気をつけていることはありますか?
貝谷食事は自分が好きなものを食べるようにしています。最近はまっているのがスパイスですね。お酒も楽しめる相手と飲むようにしています。
日下部お酒はどれくらい飲まれるのですか?
貝谷週に2~3回飲んでしまいますね(笑)。それから、運動は水中ウォーキングをやっています。もう地上では歩けませんが、プールの中でならなんとか歩けるので頑張っています。
ただプールへ行くにも、準備をするにも誰かのサポートが必要なので、思うように行けないこともありますが、週に1~2回は頑張って行くようにしています。
日下部かなり努力されているんですね。
貝谷それから1日に1~2回、25分間程度の昼寝をしています。もし夜寝るのが遅くなっても、朝はきちんと起きて昼寝を2回すれば、かなり回復します。頭痛も治るし、痒みも治まるし、睡眠には病気を治す力がありますよね。早起きが好きなので、夜の8時半くらいに寝て、朝4時に起きることもあります。
日下部確かに睡眠は大事ですね。早起きが好きということは、朝の方が頭が冴えて考え事などもしやすいからですか?
貝谷そうですね。昔から朝が好きで、宿題も朝早く起きてやるタイプでした。
日下部成功者には早起きが多いと聞いたことがあります。ちなみに私はあまり得意ではないですが(笑)。貝谷さんの今後の展望を教えてください。
貝谷今の取り組みを継続し、規模を大きくしていきたいです。それから障がい者の方も入れる温泉施設を作りたいですね。僕自身、温泉が大好きなのですが、滑ってしまうのが怖いのでなかなか行けず・・・安全な温泉施設があったら本当にうれしいです。
都内では難しいかもしれませんが、重度の方にも対応した機器があって、セミナーもできて、一般の方も楽しめるような温泉施設をやりたいですね。
日下部素晴らしいですね。ところで貝谷さんは今どのように入浴されているのですか?
貝谷天井走行式リフトで上から体を吊るして入浴します。僕が使用しているのはスウェーデン製です。日本にも同様のものがありますが、少し使いにくいですね。
北欧はこのような機器が発展していて、実際に使用する側のフィードバックが深く反映されているので、デザインや機能を含め、細部に至るまで優れています。技術者視点だけで作られたものではないので、ユーザビリティが高いものが多いです。
日下部車いすも海外製ですか?
貝谷はい。日本製は上下機能が承認されていないため、機能が制限されているので・・・。
一般的に人がコミュニケーションをとるときは、一方が立っていれば、もう一方の人も立ち上がって、お互いに同じ目線で話すのが当たり前ですが、日本製だとそれができないわけです。
日下部細かい仕事は協会スタッフの方にお願いしているのですか?
貝谷はい、基本的には協会内で対応しています。最近は障がい者だけの会社も増えていますので、イベントのように様々な仕事が発生する場合は、そういった会社に外注することもあります。
日下部障がいを持ったり、病気によって不自由になってしまうと、自分を責めたり、ネガティブになってしまう傾向があると思いますが、そんな人たちにアドバイスをいただけますか?
貝谷難しいですね・・・“恋”をすることですかね(笑)。
人生を楽しむことが大事ですが、こうすればいいという答えは一つではありませんので、新しい世界を見てみるというのもとても良いと思いますよ。ラスベカスはバリアフリーも進んでいて、ショーも面白いのでおすすめです。
それから人の役に立つことです。実はその人の存在そのものが、誰かの役に立っているんですけどね。
日下部介護されていると、自分の存在が社会の迷惑になっていると思い込んでしまいそうです。
貝谷“恥の文化”が日本にはありますからね。でも必要とされている、役にたっていると感じたら、死にたいとは思いません。
体の障害は自分でもわかっていますし、様々な制度や設備も整っているので、どうにかなりますが、スタッフとの人間関係や資金繰りなどはなかなか自分の思い通りにはいかないので、難しいですね。
日下部貝谷さんは、まさに実業家ですね。今後のイベント開催や温泉施設の動向が楽しみです。
貝谷さんに出会うと、多くの方の世界観が変わると思います。ご自身の存在自体が広報であり、同じような病気で苦しむ人達の希望にもなりますね。
貝谷そうなれたら嬉しいですね。
日下部今日は貴重なお話をありがとうございました。
日下部淑美からひとこと
人は何かを2つに分類したくなる動物のようです。障がい者と健常者、分けているのは身勝手な判断にすぎない。
昨日まで不自由のなかった人も、明日には車いすになるかもしれない。しかし、昨日と今日、自分は変わっていません。同じような感情を持ち、同じように考え、同じように友達をつくり、同じように恋をする。すべてが人生の延長線上にあり、皆と変わらない。
どんな環境でも決して諦めない貝谷さんの姿は、ただの実業家でした。 この記事も多くの方の認識が変わるきっかけになれたら嬉しいです。
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