伝えたい思いを汲み取り表現するのがライターの仕事
合同会社ハヌル 代表
温野 まき
フリーのライターで活躍中に大病を患い、コンビニのアルバイトを経て、季刊書籍『自然栽培』の編集長になった温野さん。創刊時のご苦労やこれからの展望、そしてライターのお仕事についてお話しを伺いました。
1万2千部刷った創刊号は7千部が返品に
温野 まき(おんの まき)
フリーのライターとして活躍する中で『自然栽培』という本の総合プロデュースを任される。世の中に“今”必要とされていること、そして本質を追求した本づくりに取り組み、 “今いる場所を元気にするメディアづくり”を目指して、書籍、企画、制作などのあらゆるメディアの新しい可能性にチャレンジし続けている。
日下部『自然栽培』は過去に読ませていただいたことがあります。このようなこだわった書籍を制作することになったきっかけを教えてください。
温野私は編集とライターの仕事をしていますが、『自然栽培』の創刊は私ではなく、出版社が決めたことなのです。「自然栽培」というのは、『奇跡のリンゴ』で有名な木村秋則さんが広めている栽培で、その取り組みに感銘を受けた東邦出版の社長が、2009年から、木村さんの講演や栽培指導の取り組みを記録した冊子を会員制で年に4回発行していました。ただ、社長自らが制作し続けることが難しくなってきたので、制作を私が引き継ぐことになったのです。
その冊子は『農業ルネッサンス』というタイトルで、木村さんのファンクラブ会報誌のような位置づけでしたが、読者の中には自然栽培に興味を持っている方や、実際にチャレンジしている方、流通に関わっている方などもいることが分かりましたので、木村さんに限らず、自然栽培周りの情報も提供する冊子として、大幅なリニューアルを行いました。その結果、2年間で会員が1700人まで増えたので、一般に流通できる書籍としての発刊が決まりました。それが季刊書籍『自然栽培』です。
雑誌のように見えますが、実際は“書籍”なので、バックナンバーも含めて比較的長く店頭に置いていただいています。とはいえ、創刊号は1万2千部刷って、7千部も返品されてしまったんです。
日下部それは大変でしたね。返品は在庫として倉庫に入るのですか?
温野ある程度は倉庫に残しますが、在庫として抱えていると税金がかかってしまうので、かなりの部数が裁断されてしまいます。それでも社長は続ける意欲を持っていたので、2号、3号と出版を重ねていきましたが、当初の返品の多さには、私もショックでしたね・・・。
タイトルからしてマニアックな本なので、農業書の棚に1冊だけ置かれるというようなケースが多いのですが、号を重ねるごとにバックナンバーも読みたいという人が増えてきました。
広島と岡山で展開している啓文社という書店からは、フェアとして全ての号を置いて売りたいと申し出をいただいたのですが、創刊号が処分されていたので、在庫がありませんでした。せっかくのフェアなのに、創刊号が無くては話にならないので、売れなかったときは私が買い取ることを条件に、1000部増刷して欲しいと東邦出版にお願いして増刷してもらい、無事に全バックナンバーを書店には納品することができました
日下部それで買い取ることになったのですか?
温野結局、創刊号はその後も売れて、1000部完売したので、私が買い取る必要はありませんでしたが、逆にいまは、「創刊号が欲しい」という声に応えられない状況です。
売れることはもちろん大事ですが、“必要な本”という位置付で出し続けていきたいですね。
日下部年に4回の出版となるとかなり大変な作業だと思いますが、企画構成なども含め、全て温野さんに任されているのですか?
温野『自然栽培』の創刊にあたっては、木村秋則さんが監修者であることと、単なる情報掲載だけではなく、何年経っても色褪せない普遍的なテーマを扱うということだけが決まっていて、そこからの方向性やディレクションなどは私が全て任されて制作してきました。 ただ私は基本的にはフリーランスであることと、定期刊行物をずっと出し続ける自信がなかったので、とりあえず3年間12号までという約束で受けました。
日下部現在18号が書店に並んでいるとのことですので、12号で卒業せず継続されているということですよね?
自然栽培vol.18
温野11号を入稿し終わったあたりで、東邦出版の社長から「売れ行きが下がっている。このままだと12号を出せるかどうか分からない。」と言われました。その後、制作費が大幅に見直され、制作の半分を東邦出版で内製化することで、なんとか継続できることになったのですが、新しい切り口で新しい読者を増やすべく、特集は東邦出版が担当し、後半の既存読者向けの内容は私が担当することになりました。
私がイメージしていた12号の特集は、できるだけ多くの自然栽培の生産者情報を載せ、“ここで買えますよ”という情報を自然栽培年鑑のように掲載したかったのですが、それは却下されてしまいました。
その後、しばらく東邦出版の企画で「がん」などの健康に特化した特集を組んでいましたが、それでも売上が伸び悩み、模索した結果、15号からまた私が特集を組んで、従来の読者向け路線に戻りました。
ただ、私は19号の制作を最後に企画・編集からは退きます。後任も育ちましたし、出版社が今後も『自然栽培』を出し続けると確約してくれたからです。創刊から5年、農業ルネッサンスから数えると8年ほど携わらせていただきました。
出産と自身の大病で食の大切さを考えるように
日下部もともとライティングのお仕事は、農業や自然関係のものが多かったのですか?
温野私はライターを始めて30年になります。最初は建築をやりたくて、建築事務所に勤めましたが、多忙を極めて体調を崩し、退職することになってしまいました。
その後、ご縁があってライティングのお仕事をやらせていただいたことがきっかけで、改めてこの仕事をしっかり勉強しようと、編集プロダクションに入って4年間勤めた後はフリーランスになり、雑誌や書籍、WEBや広告なども含めライターと編集の経験をさせていただきました。
子供の出産をきっかけに、オーガニックや有機野菜などに興味を持ち、食の大切さを考えるようになりました。
私自身も2010年に大病し、手術を経験したのですが、たった2週間の入院で、今までいただいていた連載の仕事などが、ほぼ全て無くなってしまったんです。
日下部たった2週間で?厳しいですね。
温野その時に“私じゃなくても代わりは沢山いる”ということに気づき、自分を省みるいい機会だと感じたんです。
当時、夫が会社を辞めた時期と重なってしまい、とにかく仕事をしなくてはと、生まれて初めて近所のコンビニで朝5時〜9時まで週に3~4回のアルバイトを1年間続けました。
時給もたかが知れているので、稼げる金額は少なかったのですが、コンビニのシステムや “食品ロス”のような裏事情も学ぶことができました。
日下部食べられるのに廃棄されてしまう・・・問題ですね。
温野割り箸500本があっという間になくなる現実を目の当たりにし、海外の森林問題なども考えさせられました。また若い人達が朝から買うものが、お菓子や炭酸飲料ばかりで、子供達の顔色や体調が気になっていましたね。
日下部現代の食生活や環境問題の縮図ですね。
温野コンビニで1年間働いたころに、木村秋則さんの書籍の仕事で出版社に声をかけていただきました。そこから、先述した『農業ルネッサンス』につながったのです。
もうライターを辞めようかとも思っていましたが、自分が大病したことと、東日本大震災が起きた年ということもあって、命に限りがあることを実感していたので、 残りの人生は“未来に向けて、役に立つ仕事をする”と決めて、引き受けました。
日下部なんでも引き受けるというより、未来のためになるような仕事を選んだということですね。
温野というか、コミットした途端にそういう仕事しか来なくなりました。『自然栽培』という本がまさにそうなのですが、企画が決定すると様々な出会いが引き寄せられ、暗中模索の中で取り組んでいると、最後はまるでパズルのピースが合うように出来上がっていくんです。
日下部制作期間3ヶ月であれだけのものを作り上げるというのは相当大変な仕事だと思います。私達も毎月1人をインタビューして記事にさせてもらっていますが、文章力があるわけではないので、読める形にするまで相当悪戦苦闘しています(笑)
温野さんにとってのライターという職業の魅力はなんですか?
温野書くことが好きな人にとってはそれだけで楽しい仕事だと思います。取材をもとに書くライターは色々な世界を知ることができますし、たくさんの人に出会えるのも魅力であり醍醐味ですね。
相手が言ったことをただ書くのではなく、言葉にはしていないけど、伝えたい思いを汲み取り、表現するのがライターの仕事だと思っています
日下部言葉の行間を読むようなイメージですね。
温野ライターには読む人と伝えたい人の間に入る媒介者としての責任があります。
文章を読んだことで、少しでも何かが良くなったり、気持ちが軽くなったり、何かを変えるきっかけになる力が文章にはあると信じていますので、そういったところに喜びを感じられる仕事ですね。
日下部私達も身が引き締まる思いです。ジャーナリストとライターはどう違うのですか?
温野作家以外で、書くことを仕事としている人は皆ライターなので、ライターの中にジャーナリストというカテゴリーがあります。発信する媒体によっても変わる部分もありますが、ジャーナリストは報道に関わる仕事、つまり社会的に意義のあることを取材し、文章にして発信する仕事です。
ジャーナリストでなくても、ライターと名乗るからには、自分が書いたものに責任を持たなければいけません。
日下部私もメルマガを書いていますが、責任という意識は低かったかもしれません。
『自然栽培』の担当から退くとのことですが、その後はどのような活動される予定ですか?
温野私の周りには有機栽培や自然栽培をする方が増えていますが、統計的にみると有機栽培の農産物の割合はまだ全体の0.2%程度です。食べ物が大事だということは皆分かっていても、具体的にどこで買えるか分からない。手間をかけて作る農産物の適正価格について理解が追いついていないという問題があります。まだ具体的な取り組みは明確にできていませんが、その問題を少しでも解決するために、出来ることから取り組んでいきたいですね。
それから、毎年出版業界で本や雑誌が廃棄される量は膨大で、その原料は海外の森林伐採によって作られているのですが、なかには違法伐採もあります。
合同会社ハヌルを立ち上げて10年になりますが、そういう問題にも向き合いながら媒体作りをしていきたいと思い、社内に出版部門を立ち上げました。廃棄しないで済む方法を模索し、本当に必要な人に届けられるような、価値のある本を作れたらと思っています。書店は限られた空間で本を並べなくてはいけないので、“売れる本”しか置けないという現実的な問題があります。
書店によっては面白い企画を考えて頑張っているところもありますが、全国的にみれば生き残りが厳しくなっている現状です。それでも売れる本以外も大事にする必要があります。
ある雑誌が売上だけを考えて掲載した記事に、学生が抗議したという出来事がありましたが、学生から出版社に「(貴誌は)何を伝えたいのか、どんな世界を作りたいのか」という質問がありました。素晴らしいですよね。売れればなんでも良いのではなく、媒体を使って発信する人は、“どんな世の中にしたくてこの記事を書いているのか”を常に意識しなければなりません。
日下部偶然というか必然というか、本を手に取って開いたときのメッセージが、神様から送られたメッセージのように心に響くようなことがあります。本の持つ力ってそういうところもありますよね。
温野さんは昔から本好きで国語が得意だったのですか?
温野勉強は大嫌いでしたが国語と美術だけは得意でしたね。他は一切ダメでした(笑)。
読む本といえば古典的な作品などが多くて、仕事の資料以外は今どきのものはあまり読みません。
日下部この業界の方はみなさん国語が得意だったっておっしゃいますね。ライターになるためのスクールのようなものはあるのですか?
温野ありますが、やはり実践で書いていく方が成長しますね。様々なライターさんと仕事をしてきましたが、ライターと名乗っていても書いたものを見せてもらうまでは、その方の能力は分かりません。
『自然栽培』で書いてもらっているライターは、テクニカルなライティング技術や農業の知識よりも、自然や人に対して驚きや感動できる心があって、真摯に取材対象に向き合う人が多いです。
初めて自分で出したいと思う本ができた
日下部以前体調を崩されたようですが、最近はいかがですか?
温野調子はいいです。体調が悪いときには気づきませんが、今振り返ると体が冷えていたり、その他にも色々な原因がありました。体調が良くなると、悪かったときの感覚がおかしかったと理解できますが、悪い状態が当たり前になってしまうと、悪いことにすら気づかないものです。“いい状態”を知っておくことは大事ですね。
日下部健康管理はかなり意識していらっしゃるんですね。
温野お米は自然栽培のものを買いますが、野菜は近所のスーパーで買うことも多いです。ただ、できるだけ肥料と農薬の影響が少ないものを選ぶようにはしています。
日下部締め切りがあると大変だと思いますが、睡眠はとれていますか?
温野12時前には寝て、朝5時には起きるようにしています。
日下部最低限確保しつつ、短い時間もできるだけ理想的な時間に眠るというのは素晴らしいですね。
仕事もまた一区切りして転換期を迎えるタイミングのようですが、これからの展望など教えてください。
温野自分が本当に必要だと思える本を出したくて、「時雨出版」という出版部門をつくりました。時雨には、“ほどよい時に降る雨”という意味があります。最初の作品を一年以上かけて作っていて、ようやく今年の6月には出版できる予定です。頼まれることはあっても、自分から本を作りたいと思ったことはなかったのですが、今回初めて「この本を出したい!」と思いました。
日下部それは楽しみですね。
温野それから、これも初めてのことなのですが、映画の宣伝とパンフレット制作を請け負いました。農業と食に関わる社会的な問題を扱った内外のドキュメンタリー映画を上映する、「国際有機農業映画祭」が毎年12月に東京で開催されるのですが、昨年その映画祭で上映された『たねと私の旅』という作品です。同映画祭で作品の選出や翻訳にかかわっている友人が「初めて自分で配給したいと思う映画に出会った」と、配給会社を立ち上げたほど魅力ある作品なのです。
遺伝子組み換えという重たいテーマを描いていながら、“私達にも出来ることがある”という希望を持たせてくれます。
この映画は映画館で上映せず、DVDを貸し出して、自主上映をしてもらうスタイルで広めていこうとしています。上映会だけでなく、地元のオーガニックな農産物の販売や食のイベントも一緒に開催できたらと考えています
日下部ぜひ拝見させていただきます。私の主人も食を通して多くの人を幸せにすることをテーマに仕事をしていますので、きっと興味があると思います。
温野「竹紙ラボ」というネットショップも運営しています。
昔の日本では竹はとても貴重な資材として使われてきましたが、プラスチックなどの登場で使用されなくなり、竹が増え過ぎて竹害と言われるほど荒れ果てた山林が日本各地で問題になっています。中越パルプ工業という紙の会社が、国産竹を100%使った竹紙を作っていて、同社の担当者が友人ということもあり、竹紙の名刺作成などを通して、竹の利用に少しでも貢献したいと思っているのです。
日下部最近はプラスチックによる環境問題も騒がれていますので、それに代わるもとして竹紙が採用できれば素晴らしいですね。
最後になりますが、文章を上手く書くにはどうしたらよいか教えて下さい。
温野とにかく“書く”こと。それから最初は誰かにチェックしてもらう必要があります。
昔から版を重ねている旅行ガイドブックの文章は良いお手本になりますよ。決められた文字数で的確に情報を伝えなくてはならないので、簡単そうに見えて実は相当なライティング技術が必要になります。そういう文章を書けるようになることを目指すと基本的な技術が身につきます
日下部今日は素敵なお話をありがとうございました。
日下部淑美からひとこと
言葉にはパワーがあります。声に出す言葉もそうですが、文字に示された言葉も同じです。
「行間を読む」は言葉にならない声を聴き、文字にならない思いを読む。その表現の匙加減ができるのがライターなのだと思いました。
世の中には情報が溢れ、何が真実かさえ分からない現状の中で、文章を書く責任の重さを感じました。 プロフェッショナルというものを感じたインタビューでした。
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